ベルギーの田舎で暮らす家族。自分で考え自分で作る。さぁ、行ってみよう!よその国へ。


by 樫の木

お母さーん

欲しいものは活気のある小さな安心して暮らせる町。
年寄りが生きがいを持て、小さな子どもを持つ親が安心して子どもたちを育てられる、
小さな共同体の人々が其々に小さなお店を出す。
挨拶が信頼感を生み、子どもへと繋がっていく。

手芸やさんで買った、毛糸屋ボタンや、クリスマスの飾り物や、
洋装品店で買った布で縫った家庭科のパジャマ。
まんじゅうが命。餡子で糠漬けで、「おじゃ(茶)すっぺない」が普通。
生クリームの苺のショートケーキはクリスマスや誕生日だけの夢のお菓子だった。
部活帰り、徒歩で3km弱の道は腹が減った。
肉屋さんで買う熱々揚げたてのコロッケを待ちきれずにがぶりつく。
校門に駐車の列の光景はなかった。

商品群は少ないけど必要なものは揃ったし、
町同士の人が町を支えている、言わずもがなの暗黙の認識があった。

小さくてちまちましていていいのに。。。
何で大きくていっぱいなくちゃダメなの?
あくなき好奇心が、堪えられないヒトの欲望が、過ぎてしまうのがイケナイ。

自然もヒトも循環していく作られていない本当の豊かな土地。
私は涙が出るほど恋しい。

火鉢の上に、金網載せて、「トーストとは何ぞや?」と、
しもやけの足を出し出し、苺ジャムをつけて食べた懐かしい冬の風景。

五右衛門風呂が今や稼ぎどころとなるとは、山の婆ちゃんは夢にも思わなかっただろう。
あの頃は、雪の日も雨の日も表に出て用を足す便所や風呂が憎々しく感じたものだもの。
貧しかったの。
でも現在敢えてそれを造る。
壊してしまったものへの郷愁が高く売れるなんて呆れ果ててしまう。
「愚か者だね」と、自嘲する。

週末にいろいろあって、4日目の朝にしてやっと静寂を迎えました。
空へ昇っていってしまった子猫を想い、べそべそして、つらつらと昔を思い出し、子どもの頃に帰りたくなったのでしょう。
今朝の私はおしゃべり。
by chene-eichel | 2014-10-22 16:00 | 思い耽る | Comments(0)